ForeverとWMF問題・1

Misc. 12 Jul. 2009

 Stratovariusの公式フォーラムを読んでいると、ライヴ定番のアコースティックバラード「Forever」を、Polarisのラストを飾る「When Mountains Fall」に変えればいいのに、というような意見に対しての賛否が議論されていた。

 Tolkkiさんはお父さんを自殺で亡くしており、「Forever」はそのお父さんに捧げた歌だそうである。Tolkkiさんが現在のStratovariusに対して、「俺の個人的心情を歌った歌をお前たちが演奏してもそれは偽物でしかない」というような発言をしていたが、気持ちはわかる……と思う。

 確かに人気のある定番曲なのだろうし、楽曲の権利はバンド側にあるにせよ、今後もネチネチ嫌味を言われながら敢えて演奏し続けなくてもいいのに……と私は思ったりもするけどまあただ単に新曲を演奏して欲しいだけとも言うが。

 ただ誰かが書いていた「When Mountains Fallは技巧的には素晴らしい曲だが、Foreverのようには心に響いてこない」といった意見もなんとなくわかるような。Lauriの曲って、Stratovariusで作っている曲に関してのみいえば、とても「職人」って感じがする。良い意味で、作り物っぽい。そして歌詞が架空の(もしくは何かの比喩としての)物語っぽい。

 「When Mountains Fall」は、かつて出ていった愛する人をやっと捜しあててみたら、もうこの世にはいなかった、という悲しいストーリーの曲だが、表現が具体的で物語性が高すぎるために、その悲しさはフィクションっぽい。私は音楽をあくまで娯楽として楽しみたいからその「フィクションっぽさ」がむしろ好きなのだが、音楽にリアルな感情を求めるタイプの人にとっては架空の出来事=「心に響いてこない」ということになるだろう。

 ……これで「When Mountains Fall」が比喩でもなんでもない内容そのままの実話だったりしたら申し訳ないが、こんな悲しい話が実話ではないと思いたい。

 以前、TolkkiさんがPolarisには「魂がない」とも批判していたが……どうなんだろう。音楽の「魂」って何なんだろう。

 確かに、Tolkkiさんのようなタイプの人は、自分自身の心情をそのまま生で削り取って音楽に練り込んじゃっている感じだが。そういうのが、音楽の魂なのだろうか。

 個人的にはそういうタイプの作品って、重い気がしてちょっと苦手でもある。結果的にはいい音楽だなあと思うにせよ、私はただ楽しく音楽を聴きたいだけで、その作者の悩み苦しみあるいは喜びなどを分かち合いたいわけじゃない。

 そして、Lauriにとってはここでいう「魂」とはそもそも音楽それ自体なんじゃないかなあとも思う。だから、そこにさらにぶち込むべき異質な何か、なんて存在しないのでは?

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